次世代高エネルギー加速器の研究
最先端加速器を設計する!
荷電粒子の人工的加速実験が初めて行われたのは1920年代頃で、それから既に一世紀近くが経過しています。当時最先端の物理研究に使われた加速器は、言うまでもなく、非常にコンパクトなものでした。たとえば、高エネルギー加速器ビジネスの生みの親とされているアーネスト・ローレンス*が、彼自身のアイディアに基づいて試作した世界最初のサイクロトロンは手のひらに載るサイズでした。その後、加速器を使った実験によって数々の新粒子が発見され始めると、さらなる新発見を求めて装置の大型化が進みました。質量の大きい未知粒子を人工的に創り出すには、ビームのエネルギーを上げる必要があるからです。加速器の到達エネルギーは指数関数的な増大を続け、現在ではTeV領域(10の12乗電子ボルト)に突入しています。稼働中の超高エネルギー加速器**はまさに巨大で、ローレンスの時代の面影はもはや残っていません。
最先端加速器の設計・建設に必要な物理学および工学は進歩し続け、様々な革新的アイディアが実用化されてきました。たとえば、現代高エネルギー加速器はすべて“衝突型”です。つまり、異種あるいは同種の相対論的荷電粒子ビームをあらかじめ決められたポイントで正面衝突させる方式を採用しています。これにより、ビームを固定標的に当てる場合に比べ、素粒子生成のために消費される実質的な反応エネルギーが増大します。素粒子反応の確率を向上するため、ビームを積み上げたり、冷却したり、整形したり....、現在の加速器技術はほとんど神業の域に達しています。いま最も性能の高い加速器は日本人が建設した“KEKB”で、茨城県つくば市の高エネルギー加速器研究機構にあります。KEKBでは、ミクロンサイズまで絞った大量の電子と陽電子を周長3キロメートルほどのリング中で光の速度まで加速し、ある一点で正確に正面衝突させています。人類が造った最も複雑かつ精巧な装置と言えるでしょう。
ここまで進歩した加速器は、単に先端技術を集積しただけでは(換言すれば、当代最高の技術を駆使した部品を組み合わせるだけでは)もはや満足に動作しません。ビームの性能(エネルギー、位相空間粒子密度、電流値など)を可能な限り追求しているため、単一粒子の運動学に基づいた設計では不十分なのです。ビームを「相互作用する多数の荷電粒子の集合」として捉え、その集団的挙動を正確に理解することが必須です。また、ビームを取り囲む環境体との相互作用も計算に入れなければなりません。いわゆる“航跡場効果***”は環境体との相互作用の典型で、ビームの運動を決定的に阻害し得ることが知られています。上述したKEKBでは“光電子不安定性(あるいは電子雲不安定性)”がとりわけ問題になりました。これは、加速器の磁石によって電子や陽電子のビームが偏向される際に出る放射光が真空容器の壁を叩き、発生した光電子が軌道付近に漂って、陽電子ビームの運動を不安定化する現象です。衝突型加速器を設計する場合、衝突点でのビームとビームの相互作用も解析しておかなければなりません。
加速器設計においては、集団現象だけでなく、単一の荷電粒子の運動学も重要な研究対象になります。蓄積リング中のビームは非常に長い時間安定でなければなりません。しかしながら、高エネルギービームのスピードはほぼ光速に等しく、周長が数キロメートルもある巨大なリングを、たった1秒の間に数万〜10万回も周回します。十分長い時間の後、ビームが設計軌道付近に依然として存在するかどうかを知るのはきわめて難しい問題です。加速器は様々な磁石や高周波空胴などで構成される複雑な非線形力学系であり、単一の粒子といえども、その運動を精度良く追跡し続けるのは至難です。(リングを1周しかしない場合ならまだしも、1000万回周回した後の粒子の座標を自信を持って予言できますか?)粒子の受ける外力が周期性を有することから“共鳴”が発生し、粒子軌道がカオス的になる場合があります。単粒子軌道力学では、数値計算の精度を本質的に向上するため、様々な数学的手法が研究されています。たとえば、代数理論を駆使した、シンプレクティックな数値積分法が利用されています。
以上述べてきたように、現代加速器は多種多様な研究テーマを含んでいます。当研究室で、加速器設計の最先端に触れてみてください。
* アーネスト・ローレンスと世界最初のサイクロトロン
** 超高エネルギー加速器あれこれ
- KEKB (高エネルギー加速器研究機構)
- J-PARC (日本原子力研究開発機構+高エネルギー加速器研究機構)
- LHC (CERN)
- RHIC (ブルックヘブン国立研究所)
- スタンフォード線形加速器 (SLAC)
- 次世代線形衝突型加速器
***航跡場
残留ガスとの散乱などによるビーム損失を最小限に抑えるため、加速器内部は超高真空状態に保たれている。真空容器は通常金属製で、荷電粒子ビームはそれを取り巻く壁の形状や材質によって決まる複雑な電磁場を常に引きずって走っている。このビーム通過後に残る電磁場を“航跡場(wake field)”と呼ぶ。航跡場がビームに与える平均的な力は“航跡場関数(wake function)”によって特徴付けることができる。また、航跡場関数のフーリエ変換を“結合インピーダンス(coupling impedance)”と呼ぶ。