医療用小型加速器の開発研究
重イオンでガンを治す!
我々は2001年度より「先進小型加速器開発プロジェクト」に参画し、ガン治療用の重粒子線発生装置の要素技術開発を行ってきました。このプロジェクトは放射線医学総合研究所が主導し、当研究室のほか、高エネルギー加速器研究機構、東京大学、京都大学、大阪大学、日本原子力研究開発機構、産業技術総合研究所、高輝度光科学研究センター(SPring-8)が協力して成果を上げてきました。
ガン治療用装置の多くは電子ビームを使うタイプで(電子ビームそのものを照射するというよりも、むしろ電子ビームからの制動輻射を利用する)、重イオンビームはあまり扱われていません。しかしながら、一般的なX線治療に比べ、重粒子線治療にはガン細胞に対する生物学的効果が大きいという特徴があります。重イオンビームの照射装置がX線照射装置に比べて圧倒的に少ない最大の理由は、その規模の違いにあります。後者が非常にコンパクトであるのに対して前者は巨大で、その分建設費用がかかってしまいます。重イオン加速器は、放射線医学総合研究所のような専門的機関には設置できても、全国の病院に手軽に据え付けることができません。つまり、加速器の小型・軽量化、低コスト化が強く求められているということです。
前掲のプロジェクトで考察された小型重イオン加速器の一例を模式的に示したのが図1です。まず、高強度レーザーを薄膜ターゲットなどに照射して重イオンを生成し、“位相回転”という手法を用いて整形します。次に、小型蓄積リングに入射して電子冷却法により重イオン群の温度を下げ、高品質化し、最後にシンクロトロンを使って所定のエネルギーまで加速します。当研究室は、レーザー駆動イオン源の開発ならびに冷却蓄積リングにおけるビームダイナミックスの研究、さらに非破壊超高感度ビームモニターの開発を担当しました。
図1.医療用先進小型加速器
「先進小型加速器開発プロジェクト」は5カ年計画としてスタートし、2006年春に完了しましたが、この実り多い共同研究期間中に得られた重要な知見や新技術をさらに発展させていく必要があります。また、複数の研究機関からそれぞれ異なる専門知識をもつ第一線の物理学者・技術者が集まって定期的に意見交換を行うのは非常に刺激的であり、ブレイクスルーにつながる新しいアイディアの発芽を促します。これらの観点から、今後も引き続き、有効な共同研究体制を維持していくことになりました。近い将来、上記研究機関のメンバーが、我が国の放射線医療技術発展の担い手となるでしょう。
放射線治療は、体にメスを入れる外科的治療と異なり、患者に対する負担が比較的小さいという明らかな利点があります。特定部位を切除することなくガンを根治することが可能であるということは、人体の外観や機能を治療以前の状態に保つという点でも優れています。たとえば、乳ガンを直すために乳房を切除する必要がありません(これは、女性にとって非常に重要なことです)。ガン治療用の加速器は現在、日本国内に限っても1000台近くあると推定され、その数は増え続けているそうです。しかしながら、医療用加速器が増産される一方で、加速器が生み出すビームを自在に操ることのできる専門家は全く育成されていないという現状があります。放射線や加速器、医学、などに関する総合的知識を有する専門家は「医学物理士」と呼ばれています。アメリカでは、既に数多くの医学物理士が活躍しており、その地位は確立されています(相当な高給をもらっているそうです)。医学物理士なしでは、最先端の医療用加速器もその性能を十分に発揮できません。放射線医療技術の進歩に伴い、日本国内でも医学物理士の重要性が増すことは間違いありません。東京大は大学院生向けに特別なコースを設け、医学物理士の養成を開始しました。この件に興味のある方がいれば、ご連絡ください。当研究室が窓口になります。
最後に、参考のため、世界中で稼働している医療用加速器の概数を表1に示しておきます(2000年頃のデータです)。
表1
マシーン種類 用途 設置台数
電子線形加速器/マイクロトロン 等 癌治療 8000
サイクロトロン/シンクロトロン 癌治療 25
サイクロトロン/線形加速器 アイソトープ 250
静電加速器/電子線形加速器/ロードトロン アイソトープ 250
静電加速器 高速CT 100