高輝度電子ビーム源
超高品質荷電粒子ビームの基礎物性研究
電子ビームは高エネルギー・素粒子物理学実験や原子核実験において重要な役割を 果たしてきた。また高エネルギー電子が磁石により軌道を曲げられる際 に発生するシンクロトロン放射光は、物質・生命科学における強力な分析装置として利用されている。電子はそれ自身が極めて短い波長を持つ「波」であり、電 子顕微鏡はナノメートルを下回る極めて高い解像度を実現している。さらに電子回折やパルス電子ビームによる時間分解実験など極めて多様な分析の道具として 使われてきている。
近年はナノテクノロジーに代表されるように、機能性物質の開発やその解明が社会 的な課題として取り組まれている。また、ビッグバン宇宙論やダークマ ター・ダークエネルギー、質量生成のメカニズムなど宇宙・物質の根源的な仕組みを理解するための宇宙物理・素粒子物理学への興味も尽きない。これらの課題 に対して電子ビームを用いた加速器が大きな役割を果たすのは確実である。そのために電子ビームには、加速エネルギーなどの量的な性質だけでなく、偏極や高 い輝度などの多様で高度な性能が求められるようになってきている。
伝統的には電子ビームは高温の物質から電子が発生する熱電子放出現象用いて生成 されてきた。しかしこの方法で生成される電子ビームは時間構造を制御 できない、発生する電子は無偏極、熱的に乱雑な運動、位相空間で広がっている(エミッタンスが大きい)、エネルギー広がりが大きい、などの限界があり、こ れらは熱電子放出を電子ビームの発生に用いる限り越えることはできない。先述したような電子ビームに対する多様な要求に応えるには、熱電子放出に代わる方 法を用いることが必要である。
ERL 計画(Energy Recovery Linac)
電子銃から出た高品質ビームは超伝導加速空洞により加速され、周回部を通り、磁場中を蛇行運動する際に高輝度放射光を発生する。周回部 を通り再び超伝導空洞 へと入り、そこで減速される。超伝導空洞内では減速される電子から加速される電子へとエネルギーが回収され、エネルギー効率は極めて高くなる。
上のようにエネルギ−は減速されるビ−ムから加速されるビ−ムに受け渡され、エネルギ−とともに「不特定の電子ビ−ム」は周回軌道を回 り続ける。しかし各 々のビ−ムは 一回しか軌道を通らないので、常に新鮮なビ−ムが電子銃から供給されるのである。それゆえ、ビ−ムの周回に起因する品質の悪化が生じずに、極めて質 のよいビ−ムによる放射光生成が可能となる。逆にいえば電子銃から発生するビ−ムが放射光の性能を決めるともいえる。
現在は物質を原子レベルで解析し、操作するというナノテクノロジ−が注目されている。それは単に微細化を進めるだけではなく、カ−ボン ナノチュ−ブや多くの機能性材料に現れているように、原子スケ−ルではマクロな物質相とは異なる物理が存在するからである。ナノの世界は物理のフロンティ アのひとつである。ERLでは波長が原子サイズの、極めて輝度の高い光(回折限界光)を発生させ、その扉を大きく開けようとしている。そのための必要なの が極めて 小さなスポットから大電流を取り出せる高輝度電子源である。
ILC 計画(International Linear Collider)
電子・陽電子の衝突実験は加速器を用いた素粒子実験(高エネルギー−実験)の主役であり続けて来た。エネルギ−フロンティアと呼ばれるように未知の領域で あるより高いエネルギ−を求めて加速器は高エネルギー−化してきた。ILCでは二つの線形加速器により電子と陽電子を250GeV(ギガ電子ボルト)まで 加速し、中央で衝突させる。加速器長は全体で40km以上となる壮大な計画である。ILCでは電子・陽電子生成から、ビ−ムの冷却、加速、衝突まで現在考 えうる最高レベルの技術を動員して実現を目指している。
ILC電子源では80%以上という高い偏極度(スピンの向きの揃った状態)の100億個の電子の塊(バンチ)を一秒あたり15000個程度つくらなければ いけ ない。そのためには偏極度、高い取り出し電流、長寿命と三拍子そろった陰極物質(電子を取り出す物質)を開発しなくてはならない。
当研究室では光子が物質中から電子を叩き出す光電効果に着目し、それを利用する ことで多様なビームを生成し、今までにない高性能電子ビーム源を作り 出すことを目標に研究を行っている。広島大学での電子源の開発は2007年 度からスタートしたばかりだが、電子ビーム発生の基礎物理過程の理解、それを基にした電子ビーム源の高性能化、新しい物 質の探索、高性能電子ビームによる新しい実験、分析方法の開発、等を目標にして研究開発を進めている。当研究室は高エネルギー加速器研究機構 (KEK、茨城県つくば市)、 原子力機構(JAEA、茨城県東海村)、高輝度放射光施設(Spring8、兵庫県)、名古屋大学、東京大学、広島大学放射光施設等と共同研究を進めてお り、当研究室の研究結果はリニアコライダー計画や次世代 放射光計画等のプロジェクトへとすぐさま反映されることが期待される。すなわち、高い性能の電子源が開発できれば、日本のみならず世界の人類の英知を結集 したこれらの大型プロジェクトに大きな寄与が可能である。
また、光電効果には光電効果を生じる物質(光電陰極)のバルク材として特性の他 に、ビームの放出面の特性が大きく寄与する。一般的に表面はバルク材 と異なる振舞をみせ、それだけで物理研究の対象となっている。光電陰極としての性能を考えると、表面の物理を理解した上で、電子発生に最適化した表面をつ くることが大切となる。また、江崎玲於奈博士が提唱した超格子構造などの人為的な界面を物質中につくり、それにより発生する電子ビームの性質を制御するこ とも可能である。
以上のように、高性能電子源はそれ自身が物理研究の対象として大きな魅力を持っ ているとともに、成果がプロジェクト全体の性能アップに直結するとい う、非常に魅力的な研究対象である。大学というアカデミックな場としての特性を生かし、今までの常識にとらわれない大胆な発想により研究を進め、革命的な 研究成果を目指してゆきたい。
当研究室の研究テーマ:
- 偏極電子ビーム発生の研究
- 超低エミッタンス電子ビーム発生の研究
- 超低エネルギー分散電子ビーム発生の研究
- 透過型等新しいタイプの陰極物質の開発
- 二光子励起による光電子発生の研究
- 電子発生のためのレーザーの開発
キーワード:
- 光電効果
- 電子ビーム
- レーザー
KURIKI Masao
mkuriki(at)hiroshima-u.ac.jp
Revised 22 Februay 2008