超ビーム粒子加速(レーザー航跡場加速)
高エネルギー実験物理学が加速器に要求するビームエネルギーはTeVの領域に入ろうとしています。しかし現在の高周波加速器の加速勾配は10-100MeV/mですから、1TeVの加速器をつくると加速器の全長は10-100kmになってしまいます。TeVクラスの加速器の建設を現実的にするには加速勾配の大きな加速法を開発する以外に方法がありません。
レーザー航跡場加速は大加速勾配を持つ加速法です。すでに10GeV/mを越える加速勾配が観測されています。『航跡』は『wake』の邦訳で、船が水上に残す波を意味します。レーザー航跡場加速はレーザーという船がプラズマの海に残す波(プラズマ波)を利用します。レーザーのパルス幅がプラズマ波長程度のときプラズマ波の振幅は最大になります。またこの振幅はプラズマ密度が高いほど(すなわちプラズマ波長が短いほど)大きいのです。フェムト秒台のパルス幅を持つレーザーの出現が、大加速勾配を持つレーザー航跡場加速を可能にしたと言ってもよいでしょう。原理を図に示します。プラズマ波は電子の粗密波ですから、電子ビームのように負電荷を持つ粒子群を,プラズマ電子が密な領域から粗な領域へと押しやります。しかもこの波自体がレーザーの群速度(ほぼ光速)で進むから、光速を持つ電子を加速することができます。
プラズマ波の生成過程と荷電粒子の加速
プラズマ波で陽子ビームを加速する
しかし実を言うと、この方法では、電子などの質量の軽い荷電粒子しかうまく加速できません。同じ方法で陽子ビームを加速しようとしても、陽子ビームの質量が大きいために、速度は容易にはプラズマ波の位相速度に達することができません.ビームの速度が遅いと波から落ちこぼれて減速領域に入ってしまいます。
陽子を加速するには以下の2つの条件を満たすプラズマ波が必要です。
条件1 プラズマ波の位相速度が入射陽子が進む速度に等しいこと(遅い位相速度のプラズマ波)
条件2 陽子が加速するのに同期してプラズマ波の位相速度を変えること(位相速度の制御)
この条件を満たすことが出来るプラズマ波に『後方ラマン散乱波に伴うプラズマ波』があります。
後方ラマン散乱波に伴うプラズマ波
後方ラマン散乱波に伴うプラズマ波とは何でしょう。分散図を見ながら説明します。
プラズマ中では不安定性のために、入射レーザーは変調を受けて図のようにプラズマ周波数(ωp)分だけ少ない周波数を持った散乱光を放ちます。その際、散乱光に伴うプラズマ波(赤いベクトル)が生成されます。
分散関係図
この場合、プラズマ波の位相速度(分散図では原点と結んだ直線の傾きであらわされます)が光に比べ、非常に小さくなっています。
数式で書くとプラズマ波の位相速度は
となります(c:光速、ωL:レーザーの角周波数、n:プラズマ電子の数密度)。また、プラズマ周波数は
で与えられます(ただし、e:電子の素電荷、m:電子の質量)。従って、プラズマ波の位相速度の制御はプラズマ電子密度を変えることで達成されます。
以上の事から、プラズマ電子の密度が適当な形になるようにプラズマを分布させることが出来れば、このプラズマ波を用いて陽子ビームを加速することが出来ることになります。
我々は、プラズマを数値計算で扱い、数値計算の中でプラズマ波を励起し、陽子ビームを入射、上記の原理の基に、ビームを加速しようとしています。
しかしながら、なかなか加速はうまくはいきません。なぜでしょう???
プラズマ加速はできるのでしょうか?
まず、プラズマ波は励起されているのでしょうか。プラズマ波の励起を計算結果で確認してみましょう。下図は電場スペクトル(赤:進行(ビームの入射方向)電場、青:横方向(ビームの入射方向に垂直な方向)の電場をフーリエ変換し、そのスペクトルを見たものです。ちょうど、波数が3.33のところに、プラズマ波のピークが出ています。このプラズマ波に陽子ビームを乗せて、加速しようとしています。
進行電場のスペクトルに見るプラズマ波
しかし、うまく加速できません。
その大きな要因の一つに、プラズマ波を長時間維持することが出来ない事があります。プラズマ波のフーリエ成分の時間変化を見ると、それほど長い時間プラズマ波を維持することは出来ないという結果が得られています。
また、プラズマ電子に密度勾配をつけると、勾配を大きくするにつれて、プラズマ波の振幅も小さくなってしまうという結果が得られています。
また、いろいろなパラメータに依存して、プラズマ波の振幅の大きさや時間変化は変わります。それらの事実を踏まえて、それぞれの使用目的に応じて最適なパラメータを探る必要性があります。
以上、簡単ではありましたが、『粒子加速』という研究内容のご紹介をさせていただきました。