超高品質荷電粒子ビームの基礎物性研究

究極のビームをつくる!

 ビームの“質”はエミッタンスの良し悪し、すなわち「ビームが位相空間上で占有する体積の大小」によって決まります。エミッタンスは重心系で定義されたビーム温度の尺度と見なすことができ、その値の小さいビームほど「質が高い」と言えます。ビームを構成する粒子は重心系において全くランダムに振動しており、通常きわめて熱く希薄です。たとえば、太陽の表面温度(約6千度)と比べても、桁違いに熱いのが普通です。もしエミッタンス、あるいはビーム温度をゼロに近づけることができたとしたら、一体何が起こるのでしょうか?我々はこの問いに答えるべく、90年代半ばから理論的研究を続けてきました。「絶対零度の究極ビームをつくる」という発想は、加速器を熟知した専門家であればあるほど受け入れ難いに違いありません。実際、90年代初め頃まではほとんど夢物語だと考えられていました。しかしながら、ビーム冷却技術などの進歩により、夢が現実に近づきつつあります(LinkIcon「小型蓄積リングを用いたビーム冷却実験およびビーム冷却法の開発」を参照)。
 極低温ビーム物性の研究が初めて行われたのは80年代中期で、アメリカの研究者らが分子動力学シミュレーションにより「クーロン結晶」の存在を明らかにしました。しかしながら、当時の理論は非常に簡単なモデルに基づいており、現実の加速器がもつ複雑な構造を完全に無視したものでした。その結果、実際のビームに起こり得る、いくつもの厄介かつ本質的な現象が見落とされていたのです。我々はバークレーの研究者らと共同で数値計算の信頼性を格段に向上させると共に、クーロン結晶化したビーム(クリスタルビーム)の運動学を理論的に確立しました。理想的なクリスタルビームのエミッタンスは、非常に小さい量子的な揺らぎを除いて、実際にゼロであることが証明できます。まさに“究極”です。
 クリスタルビームを生成するためにはいくつかの基本的条件が満足されていなければなりません。イオンビームの冷却は通常蓄積リングで行われるので、設計軌道は閉じていると仮定しましょう。このとき必要とされる条件は、
   (1) ビームのエネルギーが蓄積リングのトランジション・エネルギー以下であること、
   (2) ビーム構成粒子の振動運動の位相が、蓄積リングの単位集束周期構造当たり90度以上進まないようにすること、
です。以上の条件は、加速器を適切に設計することにより満たすことができます。一方、ビーム冷却力に対する要請として次の二つが挙げられます:
   (3) イオン間衝突による加熱率の最大値を上回る冷却効率を3次元的に実現すること、
   (4) ビーム偏向磁石の存在に起因する運動量分散効果を実質的に抑えること。
この2つの条件(3)と(4)を同時に満足するのは非常に難しい。クーロン結晶化現象自体は、小型のトラップ装置中に捕獲されたイオンプラズマをレーザー冷却することにより、実験的に観測されています。しかしながら、加速器中のビームを結晶化することには誰も成功していません。上記の条件、とくに(3)と(4)をクリアできないことが最大の原因と考えられています。


図1.連続的なクリスタルビームの結晶構造

図2.“バンチ”されたクリスタルビームの結晶構造

 我々が開発した先進的な分子動力学シミュレーションコードにより得られた、典型的なクリスタルビームの結晶構造を図1および2に示します。この計算では、京都大学に最近建設されたイオンビーム冷却蓄積リング“S−LSR”のラティス構造が正確に考慮されています。図1は連続的なクリスタルビームで、蓄積リングの設計軌道に沿ってトーラス状に形成されています。各々の点“・”はS-LSR中を高速で周回する1個のイオンを表しています。リングに高周波空胴を設置することにより、図2のように楕円体状のクリスタルビームをつくることも可能です。これら空間的に広がりをもつクリスタルビームは、外部集束力の離散性により、ラティス構造に合わせて脈動します。リング中を周回するイオン数が十分に小さい場合、結晶構造は1次元的な“ひも状”になります;つまり、個々のイオンが設計軌道上に等間隔で整列するのです。イオン数を増やすと、ある閾値を超えた時点で、2次元の“ジグザグ状”に構造転移します。さらにビームの線密度を上げることにより、殻構造が実現できます。“殻”の数は線密度の上昇とと共に増えていきます。我々は"ビーム結晶化"あるいは"ビーム相転移現象"の理論的基盤をより確固としたものにすべく、さらなる研究を展開しています。とくに、近い将来の究極ビーム実現を念頭に置き、実際の実験条件下で発生する諸問題について詳細な検討を加えているところです。
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